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<ノベル>
晴天のある朝。
カフェ『天使の休息』は、慌ただしい一日を迎えていた。
「おじさん、リオネ達がこのお店をお客さんでいっぱいにしてあげるからね!」
リオネが、ここ『天使の休息』のマスターに一生懸命言う。
「いや、お嬢ちゃん達が頑張ってくれるのは、嬉しいんだけど、なにぶんバイト代も出せないしね〜」
「何言ってるんですか!こんな、素敵なお店が無くなってしまう方が一大事です!」
三月 薺が熱弁をふるう。
「という訳で、マスター。これ、私からのプレゼントです」
そう言って、薺がマスターに紙袋を渡す。
「プレゼントですか?」
そう言いつつ、マスターが紙袋を受け取る。
そして、袋からそれを取り出した。
「……えっと、これは、何ですか?」
マスターが困惑して薺に問う。
「見ての通り、新しいエプロンですけど」
と、にこやかに言う薺。
「これを私が着るんですか?」
そう言うマスターの手には、可愛らしい兎の模様のエプロンが握られている。
「お店に合わせてマスターさんもイメチェンした方がいいと思うんです。でも、私には、マスターさんが怖い人には、見えないんですけどね?」
薺は疑問に思った。
「そうだよね〜。顔がこわいのって、いけないことなの?ボク、よく分からないや。でもますたーさんがいい人だってのは、分かるよ」
と、トトが話に入ってくる。
「この世には、顔が怖くても善人な人もいれば、善人に見えても悪い人もいます。見かけだけでは判断出来ないんですよ」
ランドルフ・トラウトが、みんなに言い聞かせる。
「そうだよな、このランドルフだって、こんな怖い顔してるけど、いい奴だもんね」
薄野 鎮が、笑顔混じりにランドルフの背中を叩く。
「鎮さん、それは褒め言葉ですか?」
ランドルフがにこやかに問いかける。
「もちろん。褒めてるに決まってるじゃない」
鎮も笑顔で言う。
「あの〜、やっぱり私、このエプロン着なきゃいけないんでしょうか?」
「もちろん!ようは、みんなに優しいマスターのイメージを与えればいいんですよ。だから、このうさちゃんエプロンは効果的なんです」
薺が笑顔で言えば、マスターは恥ずかしそうにエプロンをうさちゃんエプロンに着替えるのだった。
「これで、マスターは、OKですね。次はこの店内を模様替えしましょう。このままでも素敵だけど、表にある、花々を飾ったらより一層綺麗になると思うんです」
「そうだね、表の花も素敵だね。花々を見ながらお茶が出来たら、穏やかな気持ちになるだろうね」
薺が言えば、鎮が賛同する。
「そうと決まれば、早速、飾れる花を室内に入れましょう」
ランドルフが言うと、
「リオネもお花運ぶ。リオネも頑張らなきゃ!」
と、リオネが元気に手を挙げて言う。
「そうですか?じゃあ、リオネさんは、小さい鉢を運んで下さい」
「分かったよ〜。リオネ頑張る!」
そう言って、リオネは、パタパタ足音をたてて、カフェのドアの外に出ていく。
「なあ?何でリオネは、あんなに一生懸命なんだ?」
鎮の疑問にランドルフが答える。
「リオネさんも必死なんでしょう。この銀幕市にかけてしまった魔法で、傷ついた人達への罪滅ぼしがしたいんでしょう。彼女の心は罪の意識でいっぱいなんでしょう」
「でも、でも」
トトが続ける。
「りおねの魔法のお陰でボクは、この街に来れたんだよ。わるいことばっかりじゃなかったよ」
「そうですね。リオネさんの魔法で私の世界も一変しました。楽しい事もいっぱいありました。彼女だけが何時までも傷ついていてはいけないと思うんです」
薺もこれまでの日々を思い出しながら言う。
「それなら、僕達はリオネのしたい事を手伝ってあげようよ」
鎮が言うと、
「そうですね。今、私たちが出来ることをしましょう」
ランドルフが言うと、他の3人は頷くのだった。
リオネは、外に出ると綺麗な花々から、お店に飾る花を一生懸命選んでいた。
「どの花も、おじさんの愛情いっぱいだよ。どの花を飾ろうかな?」
リオネは、一鉢一鉢じっくり見ながら、きれいに咲いた赤いチューリップの鉢植えをお店に飾ることにした。
「よいしょっと」
そうやってリオネには少し重い、鉢植えをドアの前まで運んだは、いいが両手がふさがってドアが開けられない。
「どうしよう……」
リオネがそう思案していると、ドアが開いてトトが顔を覗かせる。
「だいじょうぶ?りおね?」
「ありがとう、トトちゃん。ほら、綺麗なチュ−リップ」
「本当に綺麗なちゅ−りっぷだね。早くお店に飾ろう」 笑顔で答えながらトトとリオネが店の中に入って行く。
「あれは、リオネ?何やってるんだ?」
そこに通りがかったのは、須哉 逢柝だった。
沸々と湧く好奇心でリオネ達の入って行った、喫茶店に近づいていく。
「喫茶店か?ここ」
窓越しに中を覗き見る。
中を観察していみると、数人がどうやら喫茶店の模様替えをしている。
「新装開店って、やつか?ん……うわっ!」
逢柝が覗いていた窓にマスターがぬっと顔を出した。
近しい知人に怖い顔の人も居るので、怖い顔には慣れているが、いきなり顔を出されては、びっくりする。
そうこうしていると、カフェのドアが開く。
「あれ?逢柝さん何をなさってるんですか?」
知り合いのランドルフがドアから出てくる。
「なんだよ、ランドルフ。お前等、何やってんだ?」
逢柝がランドルフに問いかける。
「えっとですね。対策課の依頼と言いますか。リオネさんのお願いと言いますか……」
ランドルフが説明しているとマスターが表に出てくる。
「ランドルフさん、お友達ですか?立ち話も何ですから、中に入ってお話ししては、どうですか?」
「そうですね。逢柝さん、お店の中にどうぞ」
「んじゃ、ちょっと寄っていくかな」
ランドルフに促され逢柝も店の中に入っていく。
中に入ると、薺の指示で壁紙を花柄のものに変えていた。
「鎮、何やってんだ?」
「あれ、逢柝さん?何故、ここに」
鎮の疑問に、
「いや、学校帰りにたまたま、通りがかったら、リオネ達が何かやってるの見つけて、そしたらランドルフが出てきた」
「お店の中を覗いてたんですよ」
ランドルフが付け加える。
既知の3人は、軽い口調で会話を続ける。
「で、お前等何やってんの?」
「見ての通り、このカフェの改装だよ」
鎮が答えると、逢柝にリオネが近づいてきた。
「あのね、このお店このままじゃ潰れちゃうの。マスターのおじさんが怖いって、お客さんがなかなか入って来てくれないの」
リオネが切実に逢柝に訴える。
「ふーん。そう言う事情か。なら、店の改装もいいけど、ビラでも撒いて配ったらどうだ?」
「それなら大丈夫ですよ。薺さんと相談してもう作ってあります」
ランドルフがドンと大量の、この『天使の休息』のチラシをカウンターに置く。
「あっ、もう準備済なのか?なら、ダウンタウン当たりで配ってくればいいんじゃね?」
「そうですね。じゃあ、お店の改装はお任せします。沢山のお客さんを連れてきますから」
ランドルフがビラ配りに行こうとすると、トトが、
「ボクも行く。ボク、ますたーがいいヒトだって、いっぱいお客さんに知ってもらえるように、宣伝してみる」
「じゃあ、二人ともお願いします。改装が終わったら、新レシピを考えて待ってますから」
薺が手を振る。
「いってきまーす」
トトも元気に手を振る。
「元気だねえ。まあ、俺はのんびりさせてもらおうかな」
逢柝は席に着くと。
「マスター、ショートケーキとコーヒー貰える?」
「あ、はい。かしこまりました」
逢柝の注文に心なしかマスターは嬉しそうだった。
小一時間過ぎ、店内は花いっぱいのメルヘンな世界となっていた。
「まあ、乙女チックだこと。カフェならこれくらいで丁度いいのかねえ」
逢柝の言葉に、
「カフェは女性客がメインターゲットだから丁度いいんじゃないの?」
鎮が答える。
「マスター、このケーキの脇に小さな花びらを飾ったら綺麗だと思うんですけど」
新メニューを作ろうと張り切っていた薺だったが、この店のケーキの味は既に絶品だったので、少しアレンジをくわえる程度にすることにした。
「そうですね〜。じゃあ、外の花壇から丁度いいのを取ってきましょう」
「あっ、リオネ、取ってくる。綺麗なのいっぱい取ってくるからちょっと待ってて」
そう言い、リオネがドアを開けようとすると、勝手にドアが開いた。
「マスター殿、また来たでござるよ」
「キャー!」
ドアの向こうには、清本 橋三が立っており、外見から借金取りが来たと思ってしまった。
「何でござる!?リオネ殿ではないか?何を泣いておるのだ」
橋三が、いきなりのことであたふた慌てていると、
「あんたのなりに驚いてるんじゃないの?借金取りだとでも思ってるんじゃないの?リオネ。ここのマスターより人相悪いもん、あんた」
逢柝が辛辣に言う。
「それは勘違いだ。拙者は、ここが行きつけの喫茶店なのであって、借金取りではないでござる」
「リオネちゃん、そうだよ。清本君は、数少ないうちの常連なんだよ」
「そうでござるよ。拙者、はここのケーキの大ファンなのだよ」
マスターが助け船を出すが、リオネは泣きやまない。
「ホントにこのお店のじょうれんさんなの?」
「そうでござる。リオネ殿。泣きやんでくれんかのう。それにしてもマスター殿、今日は人が多いでござるな?」
橋三がマスターに尋ねると、鎮が答える。
「対策課の依頼というか、リオネのお願いというか、このままじゃ、このお店無くなっちゃうんだって。だから、僕達でこのお店が無くならない様に改装やらビラ配りやらしてるんだよ」
「なんじゃとーー!!この店が無くなるとは一大事!拙者の憩いの場が無くなるとは大変よ!マスター殿、リオネ殿、拙者も人肌脱ごうではないか!しばし待たれよ!」
そう言うと橋三は、必死の形相で店を飛び出し走って行った。
そして、店の内装が完璧に出来上がったお昼過ぎ。
迫力のある巨大なウサギがやって来た。
いや、橋三が戻って来た。
ウサギの着ぐるみを着て。
可愛いウサギの筈が威圧感バリバリである。
その手にはどこから調達してきたのか沢山の色とりどりの風船が握られている。
橋三はウサギの着ぐるみのまま、リオネに近づくと、
「これならば怖くなかろう?」
と、優しい口調で問いかける。
「うん。怖くないよ。それで、さっきは、ごめんなさい。外見でいい人か悪い人か判断しちゃいけないって勉強したはずなのに、怖がっちゃって」
リオネがペコリと頭を下げる。
「いいのでござるよ。それでは、早速、拙者、表でビラと風船を配ってくるでござる。忙しくなるであろうから、お茶など飲んでる暇はないでござるよ」
橋三はそう言うと意気込んで表に出ていく。
「元気だねえ。マスター、これ代金な。美味かったぜ。忙しくなるなら、俺もウエイターの手伝いでもするかな」
一方その頃、ダウンタウンの一角では、ランドルフとトトがビラ配りを必死に行っていた。
「カフェ『天使の休息』新装開店です。素晴らしいお店ですからきっと気に入って貰えるに違いありません」
だがランドルフの風貌に人々が脅え、なかなかビラが減らない。
そんな時。
「おじちゃん、ここのケーキおいしいの?」
小さな子供がビラを受け取りランドルフに尋ねてきた。
それに対してランドルフは笑顔で、
「とっても美味しいんですよ。是非、お母さんと一緒に行って下さい」
「うん、おじちゃん。ボク、ケーキ大好きだから、ママにお願いして連れていってもらうね。バイバイ、おじちゃん」
「是非、行って下さい。さようなら」
ランドルフは、その子供が去るのを目を細めて見送った。
「まだ、まだ、頑張りますよ!カフェ『天使の休息』新装開店です。是非いらっしゃって下さい!」
ランドルフのビラ配りは、また元気よく再開された
もう一方のトトの方はと言うと。
「かふぇ『天使の休息』新装開店なの〜。けーきを食べると、しあわせになるんだよ〜♪みんな、来てね〜♪」
その可愛い風貌からビラ配りの調子は順調だ。
だが、主婦の1人が言う。
「『天使の休息』って確か、もの凄く怖いマスターの居る店よね〜」
「そんなこと無いよ。ますたー、凄くいい人だよ。ボクがほしょうするよ。けーきも凄く美味しいんだから♪」
「そうなの?なら、これから行ってみようかしら。こんな可愛い子が言ってるんだから。きっと、美味しいんでしょうね」
「そうだよ。顔が怖いってボクには、よく分からないけど、ますたーが凄く優しいのは間違いないんだよ」
そう言いながら、トトの笑顔でのビラ配りは順調に進んでいった。
「『天使の休息』へようこそでござる」
そう言いながら、橋三は店に来店する子供達に風船を配っている。
威圧感バリバリのウサギ姿で。
それでも純真な子供達は嬉しそうに風船を受け取り、店内に入って行く。
(拙者は脇役でいいのである。人が楽しんでくれるのが拙者の喜びなのだ)
橋三の偽りのない思いだった。
ビラ配りの効果か、ティータイムには、ほぼ満席状態になっていた。
「このテーブルに置かれた花、素敵ね〜」
花で統一した内装も評判は上々だ。
「3番さん。ショートケーキにアイスコーヒー出来ましたよー」
「はいはい、只今〜」
カウンターに入って、マスターと一緒にドリンク作りをしているのは薺だ。
ウエイターは鎮と逢柝だ。
鎮はどこでどう間違ったか、必要以上に艶のある仕草をしたりとウエイターらしくないウエイターになってしまっている。
だが、それが一部主婦にうけているのも事実だ。
「ご注文は?」
こちらは、凛々しく逢柝が注文を受けている。
その、凛々しさから女子高生達が溜息をつく。
「追加の注文いいかしら?」
テーブルから声がかかると、パタパタとウエイトレス姿のリオネが注文を受けに行く。
「あら、可愛いウエイトレスさんね」
「えへへ、ありがとう♪あのね、ここのケーキ美味しいでしょ?」
リオネは照れつつ、聞いてみる。
「凄く美味しいわ♪ファンになっちゃった。今度は、友達を連れてくるわ♪」
「わ〜い♪ありがとう〜♪そうだ注文!何になさいますか?」
リオネは笑顔いっぱいでたどたどしくも、注文を受けるのだった。
夕刻。
慌ただしい一日が終わった。
ビラを配っていた二人も戻ってきて、店の表にはクローズの看板をかけた。
「今日は皆さん有り難うございました。こんなにお客さんが来てくれたのは、初めてです。お礼に好きなだけケーキを食べて下さい」
マスターが怖い顔に満面の笑みを浮かべて、みんなにお礼を述べる。
「……おじさん嬉しかった?」
リオネがおずおずと聞く。
「ああ、嬉しかったよ。何よりもお客さんが笑顔で私のケーキを食べてくれたのが嬉しかったよ。お客さんの笑顔が私の喜びだからね。これも、リオネちゃんのお陰かな」
「そんなこと無いよ!?リオネ1人じゃ何も出来なかったよ。みんなのお陰だよ。でも、おじさんが喜んでくれて嬉しい……」
『それだけで全てが許されるとは思わないけど』
最後の言葉は飲み込んだ。
「少しずつでいいんだよ。だから、皆が幸せになれるようなお手伝い、少しずつ一生懸命頑張ろう?ねっ?」
薺が笑顔で言う。
「りおねも笑顔にならなきゃ。みんなで一生懸命頑張ったんだから」
トトが満面の笑顔でリオネの笑顔を誘う。
「(何かをしたい…その心持ちが、いつか実を結べばよいな)」
何も言わず、ただウサギの着ぐるみのままリオネの肩に手を置く橋三。
「……みんな、ありがとう。リオネ、これからもみんなが笑顔になれる様に頑張るね。リオネのしたことが許されなくても、リオネはみんなが笑顔でいられる様に頑張るから……今日は、本当にありがとう」
そう言って今日一番の満面の笑みを見せるのだった。
「さあ、みんなケーキ食べよう♪」
そして、早速リオネはショートケーキを口にほうばった。
銀幕ジャーナルに、今一番ケーキの美味しいお店として、『天使の休息』が掲載されるのはもう少し後のお話。
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クリエイターコメント | こんにちは、冴原です。 この度は、大変お待たせ致しました。 皆さんが、リオネのことをとても大事に思って下さっているのが分かって、とても嬉しかったです。
誤字脱字、ご要望、ご感想等ございましたら、メールして頂けると嬉しいです。 今後の参考にさせて頂きます。
ご参加有り難うございました。 |
公開日時 | 2008-04-28(月) 00:20 |
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