★ 【小さな神の手】天使の休息 ★
<オープニング>

「あなたは泣くのよ。泣いて泣いて反省するのよ、オネイロス様にあやまるのよ。ひどいことになった街を見て、苦しまなくちゃならないの」

 ともだちは言った。
 言葉通りに、リオネは泣いたし苦しんだ、と思う。
 それですべてが贖えたわけではないことは、彼女がまだ銀幕市に暮らしていることが何よりの証拠。

「おまえの魔法に踊らされ、傷つき、死んでいる者は山ほどいる。おまえが思っているよりもはるかに多いと思え」

 誰かがそう告げたように、彼女の罪は本当に重いものなのだろう。
 先日の、あの恐ろしく、哀しい出来事も、それゆえに起こってしまったことなのだ。まさしく悪夢のような一件だった。いまだ、市民たちのなかには、深い哀しみと、負った傷の痛みから逃れられないものがいる。

 だがそれでも、季節はうつろう――。

「今度は……ほんとうに、みんなのためになることをしたい。魔法をつかうのじゃなくて、このまちで、泣いているひとが笑ってくれるようなこと。リオネがやらなくちゃいけないこと。……また間違ってるかもしれないけど、今はそうしたいと思うの。ねえ、ミダス、どう思う?」
「神子の御意のままにされるがよろしかろう」
 生ける彫像の答は、思いのほかそっけないものだったが、止めはしなかった。
 ならばやはりそれは、為すべきことなのだと……リオネは考えたのである。
 銀幕市には、彼女がやってきて二度目の春が巡ってこようとしていた。

●怖いマスターの喫茶店

 リオネは、自分にも出来るお手伝いがないか、一生懸命探していた。
 自分の罪の重さを知っている。
 だからこそ自分に出来る人助けをしたいと思っている。
 それだけのことで、自分の罪が全て許される訳じゃないと分かっていても、何かをしないといけないという気持ちが、日に日に募っていった。
 そんな、ある日、リオネが何となくいつもと違った道を散歩していると、初めて見る喫茶店が視界に飛び込んでくる。
 喫茶店を囲む様な花壇には、色鮮やかな春の花々が植えられ、この花たちを世話している人の心の優しさが伝わってくる様だ。
「わぁ、きれい。こんなにきれいなお花を咲かす人ってどんな人なんだろう?ちょっと覗いちゃえ」
 そう言ってリオネは、興味本位で喫茶店のドアを少し開け、中を覗き込んだ。
 すると喫茶店の、マスターだろうか?
 蝶ネクタイのマスタースタイルの、いかにもマスターには見えない、むしろ任侠映画に出てきそうな人相のマスターがグラスを拭いていた。
 そこで、ドアのカウベルに気が付いたのか、低い声で、
「いらっしゃいませ」
 と、マスターがリオネに声をかける。
 驚いたリオネは、大急ぎでドアを閉める。
 怖そうな人だった。
 この喫茶店には、似合わない様な怖そうな人だった。
 リオネがドアの前で縮こまっていると、不意にドアが開いた。
「お嬢ちゃん1人かい?大人の人と一緒じゃないのかい?外は、まだ春風が冷たいだろう、店の中にお入り。オレンジジュースでも飲むかい?」
 そう言って現れたマスターは、その怖い顔に満面の笑みを浮かべて、リオネを喫茶店の中に誘う。
「……でも、でも、リオネお金持ってないから……」
 リオネが脅えながら答えると、マスターは、
「ははっ、お代は気にしなくて良いよ。今は、お客さんも居ないし、おじさんの奢りだ。美味しいショートケーキもあるけどどうだい?」
 マスターはその怖い笑顔を崩さずリオネに優しく問いかける。
「あっ、リオネ、ショートケーキ大好き。でも……」
「おじさんが怖いかい?」
 マスターがリオネの心の中を見透かした様に聞いてくる。
「そ!そんなこと無いよ!」
 リオネが慌てて答える。
「そんなに慌てなくても良いんだよ。おじさんの顔が怖いのは、おじさんが一番よく知っているし」
 マスターは怖い顔の笑顔を崩さない。
「そんなこと無いよ、でも、リオネ、本当にご馳走になっちゃっても良いの?」
 心配顔でマスターに聞くリオネ。
「良いんだよ、久しぶりのお客様だしね。ようこそ、『カフェ・天使の休息』へ」
 そう言って、マスターが店の扉を開けてくれる。
 店の中は、清潔感が行き届いていて、季節の花々や、可愛らしい人形が飾ってある。
 それの、どれ一つも埃を被っている様子はない。
「素敵なお店〜♪」
 リオネが感動の言葉を漏らす。
「ありがとう」
 マスターが嬉しそうに、リオネの言葉を受け止める。
 リオネがバーカウンターに座って、興味深げに店内を見回していると。
 美味しそうなショートケーキとオレンジジュースが出てくる。
「はい、お嬢ちゃん。どうぞ」
 マスターは、嬉しそうにリオネに薦める。
「わーい♪ありがとう♪いただきまーす♪」
 そう言って早速、ショートケーキを口に運ぶリオネ。
 途端にリオネの表情が笑顔になる。
「うわ〜♪これすっごく美味しい♪癖になりそう」
 凄い勢いで、ショートケーキをたいらげてしまった、リオネにマスターは嬉しそうだ。
「おじさん、ずっと笑ってばっかり。何がそんなに嬉しいの?」
 リオネは、ふとした疑問を聞いてみる。
「いや、お客さんが来たのが久しぶりでね。楽しい時間をお客さんが過ごしてくれると、こっちまで嬉しくなるんだよ」
「えー!リオネ、久しぶりのお客さんなの?こんなにケーキもおいしくって、素敵なお店なのにー」
 心底驚くリオネ。
「やっぱりみんな 、おじさんの顔が怖いんだろうね。ドアが開いて私の顔を見た途端逃げ出しちゃうんだよ。そろそろ店の経営も苦しくなってきたし、店を閉めようかと思ってるんだよ」
 寂しそうに呟くマスター。
「そんなの駄目だよ!ねえ、おじさん。お店の周りのお花たちもおじさんがお世話してるの?」
 マスターはキョトンとして。
「ああ、そうだけど。花の栽培は私の趣味でもあるからね」
 マスターがそう言うと、リオネは、
「やっぱりそうだよ。お花好きの人に悪い人はいないもん!おじさん任せて!リオネがこのお店、お客さんでいっぱいにしてあげる!」

 所変わって、対策課。
 走って息を切らしたリオネが居る。
「だからね、そこのおじさん、顔は少し怖いけどとってもいい人なの!喫茶店の中も素敵でケーキもすっごくおいしいんだよ!でもね、このままだと無くなっちゃうの!お願い!リオネと一緒にあの喫茶店が無くならない様にお客さんを、集めて欲しいの!」
 皆に一生懸命、呼びかけるリオネ。
「これが、もし、上手くいったら、きっとおじさんがケーキや紅茶をご馳走してくれると思うの。その為だけでも良いから協力して!お願い!」
 そう言ってリオネは、皆に頭を下げるのだった。

種別名シナリオ 管理番号480
クリエイター冴原 瑠璃丸(wdfw1324)
クリエイターコメントこんにちは、冴原です。
今回はリオネの小さなお手伝いシナリオです。
リオネは、罪の意識に苛まれ1人でも幸せな人が増えることを望んでいます。
皆さんの楽しいアイディアで、この喫茶店を繁盛させて、潰れない様にしてあげて下さい。
固定客を作るのも重要です。
それでは、よろしくお願いします。

参加者
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
トト(cbax8839) ムービースター その他 12歳 金魚使い
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
<ノベル>

 晴天のある朝。
 カフェ『天使の休息』は、慌ただしい一日を迎えていた。
「おじさん、リオネ達がこのお店をお客さんでいっぱいにしてあげるからね!」
 リオネが、ここ『天使の休息』のマスターに一生懸命言う。
「いや、お嬢ちゃん達が頑張ってくれるのは、嬉しいんだけど、なにぶんバイト代も出せないしね〜」
「何言ってるんですか!こんな、素敵なお店が無くなってしまう方が一大事です!」
 三月 薺が熱弁をふるう。
「という訳で、マスター。これ、私からのプレゼントです」
 そう言って、薺がマスターに紙袋を渡す。
「プレゼントですか?」
 そう言いつつ、マスターが紙袋を受け取る。
 そして、袋からそれを取り出した。
「……えっと、これは、何ですか?」
 マスターが困惑して薺に問う。
「見ての通り、新しいエプロンですけど」
 と、にこやかに言う薺。
「これを私が着るんですか?」
 そう言うマスターの手には、可愛らしい兎の模様のエプロンが握られている。
「お店に合わせてマスターさんもイメチェンした方がいいと思うんです。でも、私には、マスターさんが怖い人には、見えないんですけどね?」
 薺は疑問に思った。
「そうだよね〜。顔がこわいのって、いけないことなの?ボク、よく分からないや。でもますたーさんがいい人だってのは、分かるよ」
 と、トトが話に入ってくる。
「この世には、顔が怖くても善人な人もいれば、善人に見えても悪い人もいます。見かけだけでは判断出来ないんですよ」
 ランドルフ・トラウトが、みんなに言い聞かせる。
「そうだよな、このランドルフだって、こんな怖い顔してるけど、いい奴だもんね」
 薄野 鎮が、笑顔混じりにランドルフの背中を叩く。
「鎮さん、それは褒め言葉ですか?」
 ランドルフがにこやかに問いかける。
「もちろん。褒めてるに決まってるじゃない」
 鎮も笑顔で言う。
「あの〜、やっぱり私、このエプロン着なきゃいけないんでしょうか?」
「もちろん!ようは、みんなに優しいマスターのイメージを与えればいいんですよ。だから、このうさちゃんエプロンは効果的なんです」
 薺が笑顔で言えば、マスターは恥ずかしそうにエプロンをうさちゃんエプロンに着替えるのだった。
「これで、マスターは、OKですね。次はこの店内を模様替えしましょう。このままでも素敵だけど、表にある、花々を飾ったらより一層綺麗になると思うんです」
「そうだね、表の花も素敵だね。花々を見ながらお茶が出来たら、穏やかな気持ちになるだろうね」
 薺が言えば、鎮が賛同する。
「そうと決まれば、早速、飾れる花を室内に入れましょう」
 ランドルフが言うと、
「リオネもお花運ぶ。リオネも頑張らなきゃ!」
 と、リオネが元気に手を挙げて言う。
「そうですか?じゃあ、リオネさんは、小さい鉢を運んで下さい」
「分かったよ〜。リオネ頑張る!」
 そう言って、リオネは、パタパタ足音をたてて、カフェのドアの外に出ていく。
「なあ?何でリオネは、あんなに一生懸命なんだ?」
 鎮の疑問にランドルフが答える。
「リオネさんも必死なんでしょう。この銀幕市にかけてしまった魔法で、傷ついた人達への罪滅ぼしがしたいんでしょう。彼女の心は罪の意識でいっぱいなんでしょう」
「でも、でも」
 トトが続ける。
「りおねの魔法のお陰でボクは、この街に来れたんだよ。わるいことばっかりじゃなかったよ」
「そうですね。リオネさんの魔法で私の世界も一変しました。楽しい事もいっぱいありました。彼女だけが何時までも傷ついていてはいけないと思うんです」
 薺もこれまでの日々を思い出しながら言う。
「それなら、僕達はリオネのしたい事を手伝ってあげようよ」
 鎮が言うと、
「そうですね。今、私たちが出来ることをしましょう」
 ランドルフが言うと、他の3人は頷くのだった。

 リオネは、外に出ると綺麗な花々から、お店に飾る花を一生懸命選んでいた。
「どの花も、おじさんの愛情いっぱいだよ。どの花を飾ろうかな?」
 リオネは、一鉢一鉢じっくり見ながら、きれいに咲いた赤いチューリップの鉢植えをお店に飾ることにした。
「よいしょっと」
 そうやってリオネには少し重い、鉢植えをドアの前まで運んだは、いいが両手がふさがってドアが開けられない。
「どうしよう……」
 リオネがそう思案していると、ドアが開いてトトが顔を覗かせる。
「だいじょうぶ?りおね?」
「ありがとう、トトちゃん。ほら、綺麗なチュ−リップ」
「本当に綺麗なちゅ−りっぷだね。早くお店に飾ろう」 笑顔で答えながらトトとリオネが店の中に入って行く。
「あれは、リオネ?何やってるんだ?」
 そこに通りがかったのは、須哉 逢柝だった。
 沸々と湧く好奇心でリオネ達の入って行った、喫茶店に近づいていく。
「喫茶店か?ここ」
 窓越しに中を覗き見る。
 中を観察していみると、数人がどうやら喫茶店の模様替えをしている。
「新装開店って、やつか?ん……うわっ!」
 逢柝が覗いていた窓にマスターがぬっと顔を出した。
 近しい知人に怖い顔の人も居るので、怖い顔には慣れているが、いきなり顔を出されては、びっくりする。
 そうこうしていると、カフェのドアが開く。
「あれ?逢柝さん何をなさってるんですか?」
 知り合いのランドルフがドアから出てくる。
「なんだよ、ランドルフ。お前等、何やってんだ?」
 逢柝がランドルフに問いかける。
「えっとですね。対策課の依頼と言いますか。リオネさんのお願いと言いますか……」
 ランドルフが説明しているとマスターが表に出てくる。
「ランドルフさん、お友達ですか?立ち話も何ですから、中に入ってお話ししては、どうですか?」
「そうですね。逢柝さん、お店の中にどうぞ」
「んじゃ、ちょっと寄っていくかな」
 ランドルフに促され逢柝も店の中に入っていく。
 中に入ると、薺の指示で壁紙を花柄のものに変えていた。
「鎮、何やってんだ?」
「あれ、逢柝さん?何故、ここに」
 鎮の疑問に、
「いや、学校帰りにたまたま、通りがかったら、リオネ達が何かやってるの見つけて、そしたらランドルフが出てきた」
「お店の中を覗いてたんですよ」
 ランドルフが付け加える。
 既知の3人は、軽い口調で会話を続ける。
「で、お前等何やってんの?」
「見ての通り、このカフェの改装だよ」
 鎮が答えると、逢柝にリオネが近づいてきた。
「あのね、このお店このままじゃ潰れちゃうの。マスターのおじさんが怖いって、お客さんがなかなか入って来てくれないの」
 リオネが切実に逢柝に訴える。
「ふーん。そう言う事情か。なら、店の改装もいいけど、ビラでも撒いて配ったらどうだ?」
「それなら大丈夫ですよ。薺さんと相談してもう作ってあります」
 ランドルフがドンと大量の、この『天使の休息』のチラシをカウンターに置く。
「あっ、もう準備済なのか?なら、ダウンタウン当たりで配ってくればいいんじゃね?」
「そうですね。じゃあ、お店の改装はお任せします。沢山のお客さんを連れてきますから」
 ランドルフがビラ配りに行こうとすると、トトが、
「ボクも行く。ボク、ますたーがいいヒトだって、いっぱいお客さんに知ってもらえるように、宣伝してみる」
「じゃあ、二人ともお願いします。改装が終わったら、新レシピを考えて待ってますから」
 薺が手を振る。
「いってきまーす」
 トトも元気に手を振る。
「元気だねえ。まあ、俺はのんびりさせてもらおうかな」
 逢柝は席に着くと。
「マスター、ショートケーキとコーヒー貰える?」
「あ、はい。かしこまりました」
 逢柝の注文に心なしかマスターは嬉しそうだった。

 小一時間過ぎ、店内は花いっぱいのメルヘンな世界となっていた。
「まあ、乙女チックだこと。カフェならこれくらいで丁度いいのかねえ」
 逢柝の言葉に、
「カフェは女性客がメインターゲットだから丁度いいんじゃないの?」
 鎮が答える。
「マスター、このケーキの脇に小さな花びらを飾ったら綺麗だと思うんですけど」
 新メニューを作ろうと張り切っていた薺だったが、この店のケーキの味は既に絶品だったので、少しアレンジをくわえる程度にすることにした。
「そうですね〜。じゃあ、外の花壇から丁度いいのを取ってきましょう」
「あっ、リオネ、取ってくる。綺麗なのいっぱい取ってくるからちょっと待ってて」
 そう言い、リオネがドアを開けようとすると、勝手にドアが開いた。
「マスター殿、また来たでござるよ」
「キャー!」
 ドアの向こうには、清本 橋三が立っており、外見から借金取りが来たと思ってしまった。
「何でござる!?リオネ殿ではないか?何を泣いておるのだ」
 橋三が、いきなりのことであたふた慌てていると、
「あんたのなりに驚いてるんじゃないの?借金取りだとでも思ってるんじゃないの?リオネ。ここのマスターより人相悪いもん、あんた」
 逢柝が辛辣に言う。
「それは勘違いだ。拙者は、ここが行きつけの喫茶店なのであって、借金取りではないでござる」
「リオネちゃん、そうだよ。清本君は、数少ないうちの常連なんだよ」
「そうでござるよ。拙者、はここのケーキの大ファンなのだよ」
 マスターが助け船を出すが、リオネは泣きやまない。
「ホントにこのお店のじょうれんさんなの?」
「そうでござる。リオネ殿。泣きやんでくれんかのう。それにしてもマスター殿、今日は人が多いでござるな?」
 橋三がマスターに尋ねると、鎮が答える。
「対策課の依頼というか、リオネのお願いというか、このままじゃ、このお店無くなっちゃうんだって。だから、僕達でこのお店が無くならない様に改装やらビラ配りやらしてるんだよ」
「なんじゃとーー!!この店が無くなるとは一大事!拙者の憩いの場が無くなるとは大変よ!マスター殿、リオネ殿、拙者も人肌脱ごうではないか!しばし待たれよ!」
 そう言うと橋三は、必死の形相で店を飛び出し走って行った。
 そして、店の内装が完璧に出来上がったお昼過ぎ。
 迫力のある巨大なウサギがやって来た。
 いや、橋三が戻って来た。
 ウサギの着ぐるみを着て。
 可愛いウサギの筈が威圧感バリバリである。
 その手にはどこから調達してきたのか沢山の色とりどりの風船が握られている。
 橋三はウサギの着ぐるみのまま、リオネに近づくと、
「これならば怖くなかろう?」
 と、優しい口調で問いかける。
「うん。怖くないよ。それで、さっきは、ごめんなさい。外見でいい人か悪い人か判断しちゃいけないって勉強したはずなのに、怖がっちゃって」
 リオネがペコリと頭を下げる。
「いいのでござるよ。それでは、早速、拙者、表でビラと風船を配ってくるでござる。忙しくなるであろうから、お茶など飲んでる暇はないでござるよ」
 橋三はそう言うと意気込んで表に出ていく。
「元気だねえ。マスター、これ代金な。美味かったぜ。忙しくなるなら、俺もウエイターの手伝いでもするかな」

 一方その頃、ダウンタウンの一角では、ランドルフとトトがビラ配りを必死に行っていた。
「カフェ『天使の休息』新装開店です。素晴らしいお店ですからきっと気に入って貰えるに違いありません」
 だがランドルフの風貌に人々が脅え、なかなかビラが減らない。
 そんな時。
「おじちゃん、ここのケーキおいしいの?」
 小さな子供がビラを受け取りランドルフに尋ねてきた。
 それに対してランドルフは笑顔で、
「とっても美味しいんですよ。是非、お母さんと一緒に行って下さい」
「うん、おじちゃん。ボク、ケーキ大好きだから、ママにお願いして連れていってもらうね。バイバイ、おじちゃん」
「是非、行って下さい。さようなら」
 ランドルフは、その子供が去るのを目を細めて見送った。
「まだ、まだ、頑張りますよ!カフェ『天使の休息』新装開店です。是非いらっしゃって下さい!」
 ランドルフのビラ配りは、また元気よく再開された
 もう一方のトトの方はと言うと。
「かふぇ『天使の休息』新装開店なの〜。けーきを食べると、しあわせになるんだよ〜♪みんな、来てね〜♪」
 その可愛い風貌からビラ配りの調子は順調だ。
 だが、主婦の1人が言う。
「『天使の休息』って確か、もの凄く怖いマスターの居る店よね〜」
「そんなこと無いよ。ますたー、凄くいい人だよ。ボクがほしょうするよ。けーきも凄く美味しいんだから♪」
「そうなの?なら、これから行ってみようかしら。こんな可愛い子が言ってるんだから。きっと、美味しいんでしょうね」
「そうだよ。顔が怖いってボクには、よく分からないけど、ますたーが凄く優しいのは間違いないんだよ」
 そう言いながら、トトの笑顔でのビラ配りは順調に進んでいった。

「『天使の休息』へようこそでござる」
 そう言いながら、橋三は店に来店する子供達に風船を配っている。
 威圧感バリバリのウサギ姿で。
 それでも純真な子供達は嬉しそうに風船を受け取り、店内に入って行く。
(拙者は脇役でいいのである。人が楽しんでくれるのが拙者の喜びなのだ)
 橋三の偽りのない思いだった。
 ビラ配りの効果か、ティータイムには、ほぼ満席状態になっていた。
「このテーブルに置かれた花、素敵ね〜」
 花で統一した内装も評判は上々だ。
「3番さん。ショートケーキにアイスコーヒー出来ましたよー」
「はいはい、只今〜」
 カウンターに入って、マスターと一緒にドリンク作りをしているのは薺だ。
 ウエイターは鎮と逢柝だ。
 鎮はどこでどう間違ったか、必要以上に艶のある仕草をしたりとウエイターらしくないウエイターになってしまっている。
 だが、それが一部主婦にうけているのも事実だ。
「ご注文は?」
 こちらは、凛々しく逢柝が注文を受けている。
 その、凛々しさから女子高生達が溜息をつく。
「追加の注文いいかしら?」
 テーブルから声がかかると、パタパタとウエイトレス姿のリオネが注文を受けに行く。
「あら、可愛いウエイトレスさんね」
「えへへ、ありがとう♪あのね、ここのケーキ美味しいでしょ?」
 リオネは照れつつ、聞いてみる。
「凄く美味しいわ♪ファンになっちゃった。今度は、友達を連れてくるわ♪」
「わ〜い♪ありがとう〜♪そうだ注文!何になさいますか?」
 リオネは笑顔いっぱいでたどたどしくも、注文を受けるのだった。

 夕刻。
 慌ただしい一日が終わった。
 ビラを配っていた二人も戻ってきて、店の表にはクローズの看板をかけた。
「今日は皆さん有り難うございました。こんなにお客さんが来てくれたのは、初めてです。お礼に好きなだけケーキを食べて下さい」
 マスターが怖い顔に満面の笑みを浮かべて、みんなにお礼を述べる。
「……おじさん嬉しかった?」
 リオネがおずおずと聞く。
「ああ、嬉しかったよ。何よりもお客さんが笑顔で私のケーキを食べてくれたのが嬉しかったよ。お客さんの笑顔が私の喜びだからね。これも、リオネちゃんのお陰かな」
「そんなこと無いよ!?リオネ1人じゃ何も出来なかったよ。みんなのお陰だよ。でも、おじさんが喜んでくれて嬉しい……」
『それだけで全てが許されるとは思わないけど』
 最後の言葉は飲み込んだ。
「少しずつでいいんだよ。だから、皆が幸せになれるようなお手伝い、少しずつ一生懸命頑張ろう?ねっ?」
 薺が笑顔で言う。
「りおねも笑顔にならなきゃ。みんなで一生懸命頑張ったんだから」
 トトが満面の笑顔でリオネの笑顔を誘う。
「(何かをしたい…その心持ちが、いつか実を結べばよいな)」
 何も言わず、ただウサギの着ぐるみのままリオネの肩に手を置く橋三。
「……みんな、ありがとう。リオネ、これからもみんなが笑顔になれる様に頑張るね。リオネのしたことが許されなくても、リオネはみんなが笑顔でいられる様に頑張るから……今日は、本当にありがとう」
 そう言って今日一番の満面の笑みを見せるのだった。
「さあ、みんなケーキ食べよう♪」
 そして、早速リオネはショートケーキを口にほうばった。

 銀幕ジャーナルに、今一番ケーキの美味しいお店として、『天使の休息』が掲載されるのはもう少し後のお話。

クリエイターコメントこんにちは、冴原です。
この度は、大変お待たせ致しました。
皆さんが、リオネのことをとても大事に思って下さっているのが分かって、とても嬉しかったです。

誤字脱字、ご要望、ご感想等ございましたら、メールして頂けると嬉しいです。
今後の参考にさせて頂きます。

ご参加有り難うございました。
公開日時2008-04-28(月) 00:20
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